東京都観光汽船の水上バス客室乗務員・佐々木克恭さん(43)は、テープ放送の代わりに隅田川巡りの観光案内を始めたことし五月の夕方、いつも通り芭蕉像を案内しようとしてギョッとした。昼間、川上を向いていたはずの像が方向を変えて河口を見つめていたのだ。「目を疑いました。最初は同僚も信じてくれなかった」
都営地下鉄新宿線・大江戸線の森下駅から歩いて約十分。石階段を上り分館の小公園に着くと、座布団に座った姿勢のブロンズ像がこちら向きに出迎えた。芭蕉の門弟・杉山杉風(さんぷう)が描いた絵を立体化し、高さ約1.2メートルで、台座(約1.2メートル)に乗っている。1995年4月に完成した。
公園は隅田川と小名木川に面し、清洲橋を望む、かつて芭蕉庵があった場所。川には水上バスが行き交い、屋形船も多数繰り出すなど下町情緒があふれている。
“それ”は、夕方に起きるという。しのつく雨の中を待っていると、午後4時半、記念館の担当者が現れ、規則通りに公園の扉を閉じた。
とっぷりと日も暮れた5時、ガタっと音がした。2つの照明灯がつき、雨にぬれた芭蕉像が、下からてらてらと照らされた暗闇に浮かび上がった。ちょっと不気味だ。
像はゆっくり回転し始めた。かすかなモーター音が聞こえる。約15秒かけて像は左回りに約45度動き、清洲橋方向へ顔を向ける位置で止まった。芭蕉が動くといううわさは本当だった。
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