| 1972年 |
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中央日本環境協議会及び日本環境協会実施の観光地ゴミ公害追放キャンペーン「国土美化運動」参加を契機に、ゴミ回収手法の企画及び回収器具開発に着手。
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野村総合研究所(以下野村総研)霧ケ峰プロジェクトチーム指導監修の下、集め捨てマーク付回収ボックス『コレクタ』三種を完成させ、発表。 |
| 1973年 |
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日本環境機材 株式会社を設立。野村総研等の要請により、空缶ゴミ実態調査に参加し、回収器具の開発に着手。
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| 1974年 |
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自動販売機専用の空缶回収器具第一号 NA−23型開発、販売を開始。
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| 1978年 |
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社名をニッカン株式会社に変更。
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| 1981年 |
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新しい街づくり、環境づくりに合う「オープンスペース・ファニチュア(ベンチ、吸殻入れ、プランター、時計塔等)」の開発に着手。
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| 1982年 |
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地方公共団体からの依頼が増え、神戸支社を開設し、西日本へもサービスを広げる。
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| 1986年 |
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シンボルモニュメント事業を拡大し、空間のアート演出を主務とする事業部として、“アートファクトリー玄”をニッカン 株式会社社内に発足。
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東京本社内にギャラリースペース“玄 EXHIBIT SPACE”(1991年、“PUBLIC ART GALLERY 青山”に改称)をオープンし、企画展の開催を開始。 |
| 1987年 |
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販売支援ツールの開発を開始し、飲料等の販売促進用イベントアイスクーラーを開発、販売。
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彫刻家、デザイナー等を起用した芸術街具“パブリック・アート・ウエア”第一弾として、車止め3シリーズ、アートフェンス等を発表。
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| 1988年 |
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神戸支社内にも、“アートファクトリー玄”事業部を発足させ、同時に“玄EXHIBIT SPACE 神戸”(1991年、“PUBLIC ART GALLERY 芦屋”に改称)を開設。
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| 1989年 |
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公共芸術に関する調査・研究を主務とする“PUBLIC ART LIBRARY(PAL)事業部を発足。
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| 1990年 |
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“アートファクトリー玄”事業部を分離、独立させ、アートファクトリー玄 株式会社を設立。
神戸支社内にも、“PUBLIC ART LIBRARY(PAL)を開設。
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| 1991年 |
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“パブリックアートウエア”第二弾として、コレクタ、吸殻入れ、ベンチ各2シリーズを発表。
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| 1992年 |
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街づくり事業の需要が増え、研究機関開設の為にニッカン株式会社から株式会社 パブリックアート研究所に社名変更し、環境事業部をアートファクトリー玄株式会社に統合。
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東日本旅客鉄道と共同で、駅構内専用の3分別回収ボックスの開発改造に着手。
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| 1995年 |
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阪神大震災の影響により、神戸支社を大阪市内に移転させ、関西支社と改める。
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原宿にふさわしい街づくりとして、表参道の修景事業(コレクタ、吸殻入れ、植栽保護柵、サイン等)を推進。
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| 1996年 |
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新型イベントアイスクーラーを開発、発売を開始し、好評を博す。
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| 1997年 |
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分別回収のニーズから、投入口バリエーションをもった新型コレクタ NPX−70を開発、発売。
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